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札幌高等裁判所 昭和34年(ラ)58号 決定 1960年5月27日

抗告人 坂井昌子(仮名) 外一名

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人等の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨および理由は、別紙記載のとおりである。

本件記録によれば抗告人坂井克己は大正一四年八月○○日田崎三郎同ハルヨの長男として出生し、昭和二九年一二月○○日抗告人坂井昌子(昭和二年五月○○日生)と婚姻をなして妻の姓を称し、抗告人両名の間に昭和三〇年一月○日長女坂井宰代が出生したことが認められるのであつて、以上のような事実関係の下においては、たとい抗告人坂井克己が昭和二四年頃から富山なる姓を用いていたとしても、未だもつて坂井なる氏が抗告人の同一性を惑わし、社会生活を混乱せしめるものとは認められず、したがつて抗告人の主張する事由は戸籍法第一〇七条にいう「やむを得ない事由」に該るものというわけにはゆかない。

よつて、民事訴訟法第四一四条、第三八四条、第九五条、第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 臼居直道 裁判官 安久津武人 裁判官 田中良二)

(別紙) 抗告の理由

本件申立に対し原審はこれを却下しその理由として氏の変更はこれを軽々に許すべきものでないとされ本件の場合に提出された資料は昭和二八年一月以降同三三年三月迄の間に僅かに申立人克己に発信された葉書等合計五九枚が存在するに過ぎない。

之は一面克己の富山の氏の使用が短期間で且極めて限られた範囲に止まり、従つてまだ一般世人から申立人克己の氏が富山であると認識されるに至つていないものと認めることができるし、他面申立人昌子は富山の氏を使用していなかつたことが窺われるので結局本件申立は戸籍法第一〇七条に謂う止むを得ない事由に該当しないと説明される。

然し戸籍上の氏と異る氏を仮称して社会生活事業経営を行い世人はその氏だと思うに到つている場合通姓を用いる動機には色々あろうがその通姓が長年その人の社会生活に浸透しその人の縦(年数)と横(生活の幅)の面の綜合に於てその人の表示手段として最適のものになり戸籍上の氏名が反つて同人の同一性を惑わし社会生活を混乱せしめるや否やで判断されなければならない(大阪家裁決議、民商法雑誌二三巻五号)而して本件の場合を見るに申立人克己が富山の姓を用いて以来縦の線は提出した資料によると昭和二八年以降となつているが、本人は昭和二四年以降使用している旨陳述し又常識から考えても富山姓を用いはじめてからすぐ世人はそれを認めてくれるものではなく昭和二八年以降の資料にそれを認めるとすればその以前から相当長くそれを使用していたことをうかがわせるに充分であり、又抗告人としては昭和二八年以前の資料を提出する用意もある。従つて昭和二八年に至り忽然として富山姓の使用が認められたことにはならない。そうだとすれば所謂縦の面に於ては充分であるし、挙示した資料は又以つて横の面(生活の幅)も充分証明できる、即ち生命保険契約や裁判の相手方としての表示や証人の表示にさえこれを用いていたことは明かである。この場合昌子も又富山姓を用いていないことは敢て異とするに足りないことであつて妻の立場上広く社会生活活動をすることなく家に於て家事に当る立前上それが行われなかつた丈けであり、本件申立については妻昌子の納得による共同申立を以つて充分とする。依て原審判には審理不尽、戸籍法第一〇七条の適用を誤つた違法があるから取消を免れない。

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